単位は取るものじゃなくて来るもの


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出席日数足りなくて、またはレポート提出遅れたり、テストの点数が悪かったりして「単位落としそう」なんて泣きながら、先生に頼むなんて光景は、わりあいおっとり系で真面目なコが多かった私の通った女子大では、あまり見聞きしていなかったけれど、それでもなんとかかんとかなった時には、「単位取れた!」と言って喜んだものでした。もう20年以上前のことですみませんけど。

最近の大学生は、自分でなんとかした単位についても、「単位来た〜」と言うのですね。「単位来る!」って喜んでるのも見ました。

いつから、単位はあっちからやって来るものになっちゃったんでしょう。
自分が動かなくても、つまりは受動的に「やって来てくれる」感じになってるわけで。自分でレポートの再提出しておいても。

「単位落とす」とは言うみたいですが、「単位落ちる〜」っていうのも聞いたことあります。勝手に落ちるわけじゃないでしょうが。

単位は勝手にやってきたり、勝手に落ちたり、なんていうか言葉を使っている本人とすごく距離感があります。
自分は、なるべく結果にコミットしたいくない、というような空気感を自然に醸し出しているんでしょうか。世代間のカラーってきっとこういうところに出て来ちゃうんでしょうね。

今の大学生が社会人になって、責任を自分で取るぞ、なんていうシチュエーションになった時に、出てくる言葉を聞いてみたい気がします。

上手に責任回避してる雰囲気を装いつつ、自分とは距離を取れる新しい動詞の使い方が出て来てくれたら、その時は私も使ってみたい気もします。

若いコの言葉遣いを聞いていると、時々自分の年齢とスタンスをあからさまにされているようで、はっとさせられます、という話でした。

※このブログはnote・渋谷ゆう子の記事からの転載です


プレジデントオンライン・社長の参謀「クラシック音楽の参謀」連載中です。 ninoyaブログ「CDの作り手と聞き手の間」 過去記事一覧はこちらから。


 

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